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お口直しに。

今日はW杯の日本対ギリシア戦が朝7:00からあった。うちにはテレビがないので、Twitterのタイムラインで戦況を追いつつ出勤。スコアレスドロー、という結果を見届けてから教室へ向かう。

 

勤め先の学校では、朝から教室を開放して、パブリックビューイングをしていたらしく、学生が興奮した様子で教室へ入ってくる。青いマフラータオルを首に巻いて、髪には青いメッシュ、手の爪も足の爪もジャパンブルーに染めている。おお、気合入ってるな。

 

彼女らとW杯談義をしているうちに、W杯を開催する国の治安についての話になった。「たしか、南アフリカ大会のときは、どこだかの国のコーチが亡くなっているよね」と、わたしが言うと、「日本でやればいいのにね!」と、青メッシュの彼女が言う。それを聴いて、ウーン、と唸ってしまった。確かに、弾丸は飛んでこないかもしれないけれど、ヘイトスピーチまがいの下劣な発言が、首都の議会で飛び交うような国だ。それに、勝とうが負けようがスクランブル交差点でお祭り騒ぎになってしまうような、見境の無さ。じゅうぶん、コワい国だよ、ここは。

 

都議会関連の報道を読んでいたら、排水溝を眺めているようなヒドイ気分になってしまったので、気分を変えようと、映画を観た。『朝食、昼食、そして夕食』(原題は18 comidas)という、2010年の作品。なにげなく見始めたけれど、お口直しにはうってつけの、良質の映画だった。

 

聖地巡礼の最果ての地として知られるという、スペインのガルシア地方、サンティアゴ・デ・コンポステラを舞台に、タイトル通り、魅力的な食事のうえに複数の人間模様が折り重なって、淡々と描かれる。街の朝は、路上で男の演奏するギターの音から始まり、酔っ払いの二人の男は、カフェで揚げたてのエビをほうばるところだ。出会ったばかりで一夜を共にしたらしい男女は、まだ女がベッドでまどろんでいると、男はキッチンのミキサーでジュースをつくっている。お腹の空いた男は肉屋でチョリソーを盗み、無精髭とボサボサの頭をきれいに剃った男は、清潔なテーブルクロスをかけ、朝食の準備をしている。くたびれた様子の母親は、幼い子どもの、恐竜に食べられた、という夢の話を聴きながら、朝からビール瓶をあけている。老夫婦は黙々と、もう何百回、何千回とそこで食事をしてきたのだろう、という食卓で、朝食を食べている。

 

冒頭だけで、これだけの食事とともに、人物たちが出てくる。これは、映画を観たあとでわかったのだけれど、この映画では膨大な量の即興シーンを撮りためて、それを編集してシーンがつくられているそうだ。そのためなのか、人物がとても自然だ。まるで、自分も透明な存在になって、その空間にいるような気分になってくる。

 

映画の冒頭の、「食卓では、食欲も魂も解放される」というナレーションの通り、映画の中では、食事をしながら、兄弟が衝突し、昔の恋人同士が行き場のない想いを持て余し、初老の男は若い恋人から別れを告げられる。腹が減っては戦はできぬ、ではないけれど、人生の修羅場も、おいしい食事がなければ、とても闘えないものなのかもしれない。

 

映画とは関係ないのだけれど、レイモンド・カーヴァーの"A Small, Good Thing"という小説を思い出した。この作品では、幼い息子を突然亡くした若い夫婦と、その息子の誕生日のためのケーキを注文していたパン屋の主人とのあいだのやりとりが描かれるのだけれど、このパン屋の主人が、息子を亡くして憔悴しきった若い夫婦に、焼き立てのシナモン・ロールをふるまう場面がある。こういうときこそ、何か食べなくちゃいけませんよ、と言って。とても好きな場面だ。「こういうときは、食べることが助けになります。("Eating is a small, good thing in a time like this,")」とパン屋の主人はいうのだけれど、人生を重ねてくると、この言葉が染みる。

 

20代の後半、人生でつらいことが重なったときに、とにかくわたしにものを一生懸命食べさせてくれた人がいた。その人は、「とにかく食べなきゃ!」と言って、食べられそうなものをアレコレと運んでくれた。そのときのわたしは、とても食べられる気分じゃない、とうけつけなかったのだけれど、今思うと、あそこで食べられてなかったら、その後の人生を続けていくエネルギーが湧かなかっただろうなぁと思う。

 

今は、おかげさまで、どんなときでも朝からモリモリと食べられるので、人からも、「健康的な食欲だねぇ」とちょっと呆れられたりもするくらいだ。人生の、酸いも甘いも、辛いもしょっぱいも、健康的な食欲がないと、味わいつくせないもんね。

 

映画の話に戻すと、この映画では、人生の苦みや滋味が淡々と描かれているのだけれど、最後には、ふっと明かりの灯るような、希望を見せて終わる。良い後味の映画だ。おススメです。