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腹ぼて在宅介護生活スタート。

引っ越し完了と書いてから、またたくまに3か月以上が過ぎました。


昨年の10月に、お付き合いしているパートナーの義母が脳出血に倒れたのを機に、それなら一緒に住もうかと話し合って決めた引っ越しでしたが、そのとき「こうなったら、介護でも育児でもこい!」と勝手に肚をくくっていたら、ほんとうに、新しい命がやってきてくれました。


まだまだ寒い、真冬のさなかの1月、朝方目が覚めると、これはどう考えても花粉症の症状だ、と思える症状が出ていました。でも、時期的にありえない。そこで、妊娠すると身体がわざと免疫力を下げて、異物を体外に排出しないようにする、という、どこだかで聞きかじった話がよぎり、また、わりと規則正しくきていた生理も遅れていたので、もしかして、と検査薬で調べたら、結果は陽性。


すぐに、パートナーに電話をすると、電話口で「...夢みたい。」と。わたしより11歳年上の彼は、ずっと子どもがほしくて、年齢を重ねて焦る気持ちもあったので、とにかく喜んでくれました。


翌日、改めて病院へ行くと、「できたて!」と言われて、ほんとうにホヤホヤだから、まだ週数など確定できない、と言われ、後日改めて受診することに。1週間後の受診で、晴れて妊娠確定となったのでした。


そこからは怒涛で、2月の頭に非常勤講師の仕事が春休みに入るとともにつわりが始まり、オエオエとえづきながら引っ越しの荷造り。共同生活は自分史上サイテーにダウナーな状態から始まりました。そのころ、義母はまだ入院中で、退院は3月末日。それまでに、新しい生活に慣れて義母を迎え入れる準備をしよう、という計画でしたが、まったくそれどころじゃなく、わたしは朝から晩までのびていました。


そうこうしているうちに、その3月末日がやってきて、在宅介護がスタート。非常勤の仕事も、臨月になる夏季休業までは続けることにしたので、そのうちに授業も始まる。準備も何もあったもんじゃなく、腹ぼて在宅介護生活は走りだし、目の前にあらわれる山を越え谷を越えしいてるうちに過ぎたのがこの3か月でした。


過ぎたから言えることだけど、それでも、なんとかなる。怪我の功名というか、災い転じて福となすというか、とにかくこの3か月が過ぎてみて、家族3人ともが、なんだかとっても健全な生活をしている。実は、義母が倒れるのに先立つ一か月前、パートナーは尿管結石で地獄の痛みを味わい、救急車に乗るということがあり、以来、晩酌を控えるようになっていたのだけれど、そこへ義母の脳出血が重なった。そして、これは災いではないけれど、わたしの妊娠、とつづき、全員が全員、「ヘルシーな食と規則正しい生活」を推奨される身となったのだった。


自分のためだけだと三日坊主で終わってしまうようなことも、人を巻き込めば、なんとかなる。一人暮らし歴8年のジャンクフード生活から脱皮するのは今!と、3食自炊生活へ切り替えた。そして、義母の、7時起床、9時就寝というリズムに沿うように、わたしも、6時過ぎには起き、夜は12時前には寝る。つられて、パートナーも、以前は昼抜きで夜は遅くまで作業をしていたのが、納期前の修羅場をのぞいては、3食きちんと食べ、その日のうちには寝る、というサイクルに落ち着いていて、ぽっこり出始めていたお腹もみるみるへこみ、つい先日の泌尿器科の検査では、「石」は、塵のようなものも含めて、まったく見当たらなかったそう。


もちろん、この3か月で、大なり小なり「事件」は起きて、その中には、すぐに解決できそうなものから、しばらくは答えの出ないようなものまで、さまざま、ある。ただ、とにかく、衛生的で、三食そこそこおいしい食事が食べられて、ぐっすり眠ることができる、という、小学校で習うような基本的なことを大事にできていたら良いかな、程度には、肩の力は抜けてきました。