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五か月が経ち。

先週、オットが仕事で一週間家を空けていた。その間は義母もショートステイへ行っていたので、乳児とふたりきりで過ごした。その週の終わり、友人が出張で近くに来るついでにムスメの顔を見に来てくれた。彼女とは小・中・高と同じ学校で、無精者ですぐに音信不通になるワタシがなんとかかつての仲間たちとの友情を失わないでいられるのは、マメに連絡をくれたり、集まる場をつくってくれたり、そこでの話題を教えてくれる彼女のおかげだ。とは言え、結婚、出産とバタバタしていたので会うのはずいぶんひさしぶりだなぁ、いつぶりだっけ??と前回会ったときに撮った写真の日付を見てみたら、2014年の4月だった。おいおい、ほぼ2年前かよ。年を重ねると時の進み方が加速するよ、と、年上の友人が言っていたけれど、ほんとになぁ。


最近人見知り気味の乳児は、友人と顔を合わせて始めはやっぱりベソをかいていたけれど、徐々に距離感を詰めていって、抱っこされても泣かないところまでいった。始終、ぶしゅっとした顔をしていたけれど。乳児を間に挟みつつ、近況など話しながら、ふと友人がミルクの準備をするワタシの手元を見ながら、「そんなの、どこで教えてもらえるの!?」と声をあげた。それを聞いて、あー、ワタシもそんなこと思ったなぁーと、なつかしかった。今でこそ、そりゃもう何百回とやってますから、無意識に用意できるけど、ムスメが産まれたばかりの病院で、産んだ翌日から母子同室になって、そうか、これからぜんぶ自分が面倒見るんだ...と、超今更ながら当たり前のことにめちゃめちゃ不安になった。ワタシが出産・入院した病院は親切な所で、退院までの間に調乳指導や沐浴指導などがあり、母乳の出が悪いといえば助産師さんがかわるがわる様子を見てくれ冷やしたりしぼったりと、至れり尽くせりだった。


それでも、退院して家へ帰ってから、24時間子といっしょの生活は、わからないことの連続だった。窓から差し込む光の中で寝ている顔はマジで天使かと思うほどかわいいけど、泣き出すとビクッとするし、顔にぽつぽつができようものなら、ネットで付け焼刃の知識を仕入れて、あれこれ試して結果的にこじらせてみたり、泣きやまないなぁとあの手この手を尽くしているつもりが、母乳をあげたら一発で泣き止んで、自分は赤子のメッセージがわからないんじゃ、と落ち込んでみたり、疲れ果てて赤子を寝かしつけながら寝こけていたり、はじめての予防接種では前の晩から親の自分がド緊張してみたり...。


その日、別れたあとで友人が、「お母さん感も板についてたよ!!」とLINEをくれて、自分ではお母さんが板についているかはわからないけれど、これほど問答無用で習うより慣れろ!!な世界はなく、5ヶ月間の「実地訓練」でどうやら「お母さん」になったらしい。今では、赤子が多少泣いても鷹揚と構えていられるようになったし、授乳のリズムも整って、最近では離乳食も始めてどんな顔で食べるかが毎日楽しみだし、こうやって、文章を書く時間を捻出することだってできるようになった。


育児だけでなく、義母の介護もあるので、この五か月間、乳児のお世話と義母の介護とで一日が終わり、同じようなことの繰り返しでどんどん日にちが経っていく毎日に、自分も誰かにお世話されたいよーと心の中で叫んでいたのだけれど、オットと義母が留守で、友人が来てくれたことで一息つけて、この一週間が終わるころには来週の生協の宅配の注文をしながら、帰ってきたら何が食べたいかな、と考えている自分がいた。オトナ二人がいないと家の中はがらんと静かすぎて、この五か月でワタシが「お母さん」になっただけでなく、我々は「家族」になっていたんだなぁということも確認した。