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盆に思うこと。

早朝の散歩はまだ続いている。今日は予報では雨だったので、寝る前に「明日は無理しないでいいかー」と、目覚ましも一時間ほど遅くかけていたのだけど、今朝きっかり5:20に目が覚めた。習慣の力はスゴイ。それと、妊娠も後期になると、身体が授乳に備えてぶつ切りの睡眠になってくる、らしい。そんな機能を学んだ覚えはないのに、身体は着々と準備してくれている。

 

毎日の散歩と、食後にマグラックスを飲んでいるのにもかかわらず、便秘はひどい。わたしの腸はどうなってしまったのか。お腹のなかで胎児が成長し、胎盤が、まわりにある小腸やら胃やら腎臓やらをぐいぐい押しのけて成長していく様子を映像化したものを拾い観たけど、まさに実感として、自分の体内がそんな風になっているな、と想像できる。それをオットに話したら、まぁ、ししゃもみたいなものだよね、と言われる。ワタシはししゃもか。


でも、便通以外は順調で、先週の定期検診では中のヒトの心音はとてもリズミカルで力強いとのことだし、内診で、ちょっと最近お腹が張ります、と言ってみたものの、これだけ子宮口が長ければちょっとやそっとのことでは大丈夫、お盆も遊びに行っていいよ、と太鼓判をいただいた。妊娠のわりと初期に、過去にぎっくり腰をやってしまったところが痛みだし、それの対策として「トコちゃんベルト」(うちでは通称トコベルと呼ばれている)をつけ始め、それからの数か月、朝も昼も夜も、風呂のとき以外はトコベルで締め上げてきた甲斐があったかな。


医者に太鼓判を押してもらったものの、世の中がお盆真っ只中でも、自営業のオットは納期間近で作業場兼自宅は殺伐としていたし、デイの日以外は義母もうちにいるし、わたしもわざわざ暑いときに人出の多いところへ出かけたくもないので、家の掃除をしたり本を読んだりして過ごしていた。それが、昨日の朝食時、仕事がひと段落したし、近くにある供養塔だけでも行っておこうか、という話になる。義母は、盆に行っても仏さんは家に帰ってはるから、お墓に行ってもいないんやで、などと言っていたから、出掛けるのにあまり乗り気じゃないのかな?と思っていたら、朝のヘルパーさんが帰ったあとで部屋を覗くと、きちんと外出着に着替えさせてもらっていた。準備万端じゃないか。


それで、車で10分ほどの供養塔のある寺へ行った。そのあとで、道も空いていそうだし、とお墓にも行くことにする。お墓には小一時間ほどで着いた。オットの家の墓参りはこれが初めて。家の墓とその隣には、オットの叔父にあたる人物のために、戦没者として国の建てた立派な墓石があった。政之丞(まさのじょう)さんというその叔父は、カメラマンとして従軍し、病にかかり、その手術の失敗で亡くなったらしい。そこまで難しい病気でもなく、本人も元気に帰ってこられることを疑っていなかった様子で、引っ越しの整理で出てきたという本人直筆の日記には、手術前日に「早く家に帰りたいなあ」と書かれてあった。


おとといの朝には、朝食を食べながら義母に、終戦の日ですね、というと、小学校4年生だった当時のことをはっきりと覚えてるわ、と、教室で玉音放送を聴いたときの様子を話してくれた。当時、各家庭にはまだラジオはなく、近所の大人も教室に集まっていて、高いところに据えてあるラジオを皆で仰ぎ見るように耳を傾けたらしい。放送が終わると、大人の男の人が、日本は戦争に敗けた、といって泣いた。


「戦争に行きたくないというのは利己主義だ」などと発言した若手の議員がいるそうだけど、そのレトリックこそ、軍部が国民を誤った方向へ導いていったものと変わらないじゃないか、とぞっとする。そんな風に言わせられている自分のことを、もっと心配したほうがいいんじゃないか、と思うけど、そんな回路はないんだろう。「戦争に行きたくない」というのは、ごくふつうの感覚だし、「はやく家に帰りたいなあ」というのだって、ごくふつうの感覚だ。生きていると、理不尽なこと、不条理なことはたくさんあるけど、それでも、戦争は避けられる人災だ。戦争で死ぬのはいやだなぁとか、はやく家に帰りたいなぁとか、そういう「当たり前のこと」を言える社会がこの先も続いていくように、身近なところから心地よい日常生活をつくっていくしかないなぁなどと思う、今年のお盆だった。